自分の花をさかすことが出来れば、ミツバチが飛んでくるよ!

個性的は自由にも不自由にもなる

人によって個性というか特性がある。よく、ある特定の人に向かって”個性的”だと思える時は外観に癖があったり、独特の空気感を持っていたり、行動が特異的だったり、言葉遣いが普通っぽくなかったり、一般大衆とは違った雰囲気を持った人を示す事が多かもしれません。

ところがです。その本人が”個性的”を魅せている!演じている!のであれば一皮むけば普通の人です。それよりも本人が気がつていなくて普通にしていると思っているけど、その他大勢からは、”個性的”に見える場合は、本当に”個性的”ではあるのですが、本人は、普通になりたくても成れないという悩みを持っている場合すら有る状態なのです。

それは、一般的に普通に出来る事が出来ないのです。普通に出来る内容が、特異過ぎて、一派的に出来る人が少ないのです。そんな”個性的”な人の中に、絵を描くのが好きだったり、音楽が好きだったり、衣食住に関わる仕事に付くような一般的な人生を歩む事が出来なかったりします。それから、人との関わりが苦手だったりもします。外から見るほど本人は”個性”を楽しめていない可能性も高いです。

自分では分かりませんが、僕は、その”個性的”な人間の一人です。世の中には様々な能力を持った人がいます。特別感もなくヒョウヒョウとしている人の中に、凄い伸びしろのある能力を持っている人がいたり、何も出来ないから社員に仕事をしてもらっているという社長さんもいます。

ただ、ここでは自分以外の人の事を書くほど器用ではありませんから、自分のことだけになりますが、書いてみます。これを読んで、これからの先の人生をどのように設計していこうかとか悩んでいたり考えている人に向けて書いてみますので、隣にそんな人がいたらシェアしてください。

この”個性的”な人の中には、一般的なことをやろうとすると地獄を味わう事もあります。人とは違う事をやる時に自由になったりすることもあります。それは何故でしょう?!

今回は、「自分の花を咲かせることが出来れば、ミツバチが飛んでくるよ!」というテーマで書いています。これは、自分の個性を活かして、自分を大切にしてあげて、そのままで頑張ることが出来るなら、きっと、それに賛同してくれる人が集まってきて、成果が出せるよって話です。

有る種の障害

僕は、子供の頃から絵を描くのが好きでした。ずっと描いていました。自宅は県営団地。山を切り開いて建てられたところに子供の頃は住んでいて、5月くらいになると崖にツツジが咲いているのをベランダから見ては、綺麗だなぁ~と眺め続けたり、学校へ行ってもみんなと遊ぶこともなく、インドア派でしたが、外でボ~っとしていることも多々ありました。

国語の勉強が苦手で、文字の書いている意味が分からないとかありましたね。でも本をノートに写すという競争では、クラスでいつも一番でした。写す速さだけですからね。書いてある内容なんて分からないんです。ということは、他の教科の教科書やテストの問題も日本語で書いてあるのですから、大変だったのは察しが付くかと思います。テストの問題が何を書いてあるのか理解するまで時間がかかったり理解できなかったりするんですね。

今、このように文章を書いていますが、パソコンがあるから文面を前後させたりすることや修正が楽だから書けるんですね。それから、お客さんに毎日メルマガを送っていた時期があって、1000日ほど続けてみたことあります。1000日ほどで結局は止めたのですが、続けて行動することで慣れたんです。その時は、本に書いてある感動する文章の一部をコピーして送っていました。(コピーしてもいいという作者の本でした。)

今でも話すのは苦手です(笑)

言葉の構成を頭の中で確認しながら話したりしています。それから単語を思い出すのが大変な時もよくあります。物事を理解するのも遅くて、ワンテンポ以上ずれるので、周りが迷惑したことだと思います。今でもありますね。中学生のころ、思春期の頃ですね・・・確か学校では言葉が出せずに、ほとんど会話が出来ずに3年間の学校生活を過ごしたような記憶があります。

そんな苦手な事は他にもあって、一人でいるのが好きだから、大勢の中に入るのは苦痛です。非常に疲れます。それを頑張ってみることは出来るのですが、一生懸命にやりきった後は、もの凄い疲労感状態になって、二度とやろうと思わなくなるのです。

一つの事にコツコツ努力し続けるのが得意で、いわゆる引きこもり(笑)が得意なのかもしれません。写真家になったのも写真という仕事をお金儲けのためのコマーシャル撮影というのがあるのですが、そちらは僕にとっては別ジャンルなのです。生活のために撮影はしますが、ウマの合わないチームで仕事をするとズタズタの心になります。普段は、一人で風景に向かって撮影するのが好きなのです。

でも、写真講師もやっています。大勢の人の前で得意なことを教えるのは出来るんですね。それも台本なしです。とっさの質問にも答えられるだけの経験の蓄積があるので、それを引き出すだけなのです。その経験の蓄積は、一つのことだったら集中し続けられるという特性をたもったまま生活出来た時期があったからなんです。写真でそれが出来ましたし、パソコンだってお金の無い時期は、短時間でど集中して本屋さんで立ち読みして覚えてしまうという事をやっていた時期もあります。

ということで、飲み会とか好んで行く気がしません。パーティーも。うちの奥さんと食事する以外は好んでしようとは思わないのです。友達が欲しいとかもありません。仕事をいろいろやっていると、どうしても知り合いが出来てるってだけです。

なので、サラリーマンが出来ません(笑)

フリーランスで仕事をやっていますが、フリーランスがカッコいいと思えるからやっているのではなくて、サラリーマンが出来ないからなのです。以前は2回ほど就職していますが、必ず体を壊して続けられないと思って辞めています。派遣や、工場などの単純作業で人とコミュニケーションする必要が少ない仕事は手だけ動かしていて頭は他のクリエイティブな発想のために使ったすることも出来ますから時間の有効活用にはもってこいですから、そういった単純作業は好きですけどね。

海外のIT系の会社で日本のような縛りが強い雇用環境ではない会社があるそうで、昼寝が出来たり、仕事する時間も選べるそうです。成果が出ればそれで良しなんだそうです。それなら出来るかもしれませんが、きっと能力が足りないか偏っていますから、そちらの就職をチャレンジする気持ちはありません。50歳以上を雇っていただけるのかも分かりませんけども。

とても地味に個性的でしょ(笑)でも、何で?って思いませんでしたか?言葉が苦手とか、おしゃべりが好きな方には信じられないだろうし、人と会うのが苦手とか、フリーランスしか出来ないって、どうして?と思われることでしょう。

でも、そういう似たような人が存在することも知っています。有る種の社会不適合者なんです。一般的には障害を持っているというように捉えられてるかもしれません。広汎性発達障害と言って、アスペルガーとかADHDって関係の本がたくさん出ています。ちなみに、僕は検査したらそれには当てはまらないと思いますが、傾向はバッチリ!あります。なぜ、そのような事を知っているかと言いますと、自分の子供がそれに当たるからです。この話はまた別の記事で。

 

だから諦める

自分の個性とは、一生付き合って生きていかなければなりません。それが個性的と言われる範囲であろうと、一般的な感覚の人であってもです。少なからずその人らしいと言うのは持っているはずです。その個性が自分にとって好きであろうと嫌いであろうと関係ありません。寝ていても旅行に行っても、いつもセットです。だから、それから逃げることが出来ませんので諦めてください。

クリエイティブな事をやりたいと思っている”個性的”なあなた!!その個性は病気ではありませんので治りません。諦めてください(笑)

そうなんです。その個性からしか得られない経験をすることになります。

良い悪い、楽しい辛いも関係ありません。どんどん経験することになります。自分の個性が普通っぽかったら、経験しないことになります。でも、どんなに辛い最悪なことであっても必ず経験するように出来ていますから、落ち込むのは止めましょう。でも、その経験はその後の人生の財産に変化します。あなたの”個性的”な部分があったために得られる財産です。

お金は使ったら無くなりますが、この財産は無くなりません。地位も名誉もお金も、死んだら手元の残ったりはしませんが、死んでも、その経験から得られたら意識感覚などは、そのまま持っていくことが出来ます。努力が報われるわけです。

だから、僕みたいにサラリーマンが出来ないからって、それでも生きていくためにって無理にサラリーマンをする必要がありません。大変な辛い思いをしたり、孤独に苦しんだりするかもしれませんが、フリーランスを選んだり、社長を選んだりするのも、仕方いないので諦めてなってくあさい。サラリーマンを卒業してください。

 

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さわらぎ よしお
自然体で、ゆったりしているのが大好き。 フォトグラファーとして活動中だが、最近は動画を撮る!! 何かに集中したり、慌てると、何もかも忘れてしまうというオトボケです。 オフィシャルページはこちら! https://yoshio.sawaragi.shizen.club/

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