比較は宝の山Part2

自分ワールド

今日は、ありのまま爺さんは現れてくれません。

自分で、わたしがエゴで作ったキャラクターなんだけど、道先案内人として重要な役目があるとまで、爺さんは暴露してくれました。

ですが、自分という感覚はありませんので、今でも仙人のような人だと感じています。

 

前回の”比較は宝の山”という話しは、例えば的な話でした。

 

今回は、その補足になりますが、

そのようなイメージが届いていますので書きます。

光と闇の世界があるように、高い低い、長い短いと

何かと比較して高いとか判断する世界が物質界であり地球です。

 

ところが、

それにどっぷり浸かっているとどうなると思いますか?

 

”自分ワールド”が出来てしまいます。

その自分ワールドを人に説明したり説得したりすると、それが正しいかのように感じる場合があります。

それは、それを価値観として、法則として伝えるために、

”◯◯でなれけばならない”とう話になっていきます。

 

そうすると、それに合わない人は苦しむわけです。

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悩みにもなるわけです。

本当は、そんなものは比較世界の副作用のようなものなのにも関わらず。

 

あなたは、優しい、冷たい・・・

これって、同一人物でも、相手によって印象が違うわけです。

それで、自分って、冷たい人間なんだろうか?って悩むわけです。

意味ないですね・・・(^_^;)

 

なので、独自の自分ワールドを創ってもいいのですが、

それを飛び越えた領域に意識を向ける時間があると、世界が広がりますね♪

 

そんなイメージが降りてきています。

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